新国立競技場問題の根深さ

 新国立競技場建設計画が大問題に発展している。ザハ・ハディドのデザインが決まった時から建築界で論争はあったが、ここまで深刻になるとは思っていなかった。正直、いまでも若干、その理由を分からずにいる。先を見通せないうえに鈍感な自分が恥ずかしい。
 ということで、自分の頭を整理するつもりで、この「新国立競技場問題」を振り返ってみようと思う。といっても、新国立競技場の問題点を挙げていくわけではなくて、新国立競技場をめぐって誰がどんな発言をしたのかを拾っていく。なぜ、ここまでズルズルときてしまったのか。そこが最も気になるところである。

 


①「現代日本の建設技術の粋を尽くすべき挑戦となる」「日本にはスケジュール管理と同時に品質を保証できる技術がある。この建築をつくりあげれば、これから100年、世界のスポーツの殿堂になるだろう。1964年建設の国立代々木競技場がそうであったように世界最高の技術をアピールする」(安藤忠雄、2012年11月)

 ザハ・ハディドの設計案が選ばれた新国立競技場デザインコンクールの結果発表の場に、私は居合わせた。当時のメモを見直すと、既にその時から「キールアーチ」(競技場の天井にかかる背骨のようなもの)は、実現可能性が疑問視されていたようだ。審査委員長の安藤がどのように答えたかは上記の通り。
 そして、記者会見の最後に安藤は「基本設計、実施設計と進めていく中で、問題点が多く出てくるだろう。JSCの事務局、設計者と強いチームをつくって乗り越えていきたい」と語ったと記事にある(自分で書いたのだが)。確かに安藤の予想通り、問題はたくさん出てきた。しかし「強いチームをつくって乗り越える」という意気込みは言葉だけに終わった。

 


②「(ザハのデザイン案が)これだけ大きくなった理由はプログラム(募集要項)にある」「プログラムが粗雑なコンペと言わざるを得ない。今後に懸念を抱いている」(槇文彦、2013年10月)

 ザハのデザイン案に対しては、当初から議論があった。私は、違和感を感じつつも、今まで見たことないすげえ建築なので、「大々的にコンペをやって、決まったことだし、どうにかしてやるんだろうなあ」とのん気に考えていた。自分で言うのも変だが、こういった思考が社会全体に蔓延しているのは危険だと思う。この件は、また後で触れたい。
 最初にザハ案に対して明確に異を唱えたのは、槇文彦だったと思う。日本の建築界の仙人みたいな人である(たぶん)。13年の夏ごろにJIA(日本建築家協会)という建築家の集まりの会報に、設計案とコンペそのものを批判する論文を掲載。それが反響を呼んで、同年10月にシンポジウムを開いた。ザハ案の決定から1年近く経ったころである。
 シンポジウムの発言者の意見はさまざまだ。ザハ案は周辺環境に調和しない。社会が少子化を迎える中で、ふさわしいモニュメントとは思えない。建設コストはもちろん維持管理費も莫大になるだろう。現在も指摘されている問題点の多くが出尽くしていたと言っていいだろう。
 憤る仙人・槇文彦は「我々(建築家)がおかしいと思う気持ちを外へ伝え、建築のことを知ってもらわないといけない」と会を閉めた。その後、建築界では、コンペを見直すように要望活動を行ったり、既存の国立競技場を改修するなどの代替案をつくったりしたが、事態はあまり変わらなかった。

 

 

③「決まった以上は最高の仕事をさせる、ザハ生涯の傑作をなんとしても造らせる、というのが座敷に客を呼んだ主人の礼儀であり、国税を使う建物としても最善の策だと思う」(内藤廣、2013年12月)
 「当初のダイナミズムが失せ、まるで列島の水没を待つ亀のような鈍重な姿に、いたく失望いたしました。このままで実現したりすれば、将来の東京は巨大な粗大ゴミを抱え込むこと間違いなく、暗澹たる気分になっております」(磯崎新、2014年11月)

 コンペの審査委員長・安藤忠雄が沈黙する中、審査委員に加わったもう一人の日本人建築家・内藤廣は、ザハ案に反対する建築家グループらを返す刀で批判した。仙人・槇文彦の声掛けの影響は絶大で、当時は建築界全体がザハ案への反対に動いていたさなか。異論は沈黙するしかないような状況で、内藤廣は(自分が審査の当事者だったのは当然だが)あえて批判の矢面に立ったのだろうか。
 ザハの当初案が3000億円を超えそうだと国が発表したのが13年10月。規模を縮小して建設費を圧縮するという国の方針に、内藤は懸念を表明した。
 ザハ案を規模縮小・修正した基本設計は、日本の設計チームが担当。磯崎新のコメントは、それを見た後のものだ。内藤の胸中はどうだったろう。
 みんなの思いとすれ違い、誰も望まない方向へと歩みを進めていく新国立競技場。誰の思惑で事が進んでいるのか分からない不気味さ(森喜郎の思惑だと思うと反吐が出る)。

 

 

④「新国立競技場建設の責任者に能力、責任意識、危機感がないことは驚くべきことであり、大日本帝国陸軍を彷彿とさせる。日本を戦争、そして敗北と破滅に導いたこの組織の特色は、壮大な無責任体制になる」(舛添要一、2015年5月)
 「間に合わないからこのままいくというのは太平洋戦争の日本軍と同じ。世界最大の(戦艦)武蔵も役に立たず終わったんです」(槇文彦、2015年6月)

 新国立競技場は、別に東京オリンピックのための施設ではない。建設主体はもちろん東京都ではなく国。正確に言えば、文部科学省の外郭団体のJSC(日本スポーツ振興センター)という組織だ。オリンピック組織委員会の会長だからって、森喜郎に権限はないはずだ。オリンピックに間に合わなかったら違うスタジアム使えばいいじゃねえか(と言うと、国際的な信用がどうのって話になる)。
 つまり、関係者が入り乱れてわけ分からんことになっていて、ある意味、すべての人に逃げ道が用意されている。一方で、勝手なこと言う奴は、躊躇無く勝手なこと言う。
 東京都知事舛添要一は、そこんところをはっきりさせたかったんだろう。今のところ、国から半ば強制的に求められている500億円の拠出要請も突っぱねている。ただ、オリンピックのメーンスタジアムは必ず完成させてほしいのが本音。当然「敗北と破滅」は望んでおらず、落としどころを探っている。
 高齢の仙人なのにずっと先頭で発信し続けた槇文彦の言葉は、戦争を経験した世代だからこその警句だが、現在の状況をもっとも適切に表していると思う。事態は「敗北と破滅」なんていう大仰な表現では伝わらない。なぜなら「敗北と破滅」するのは国で、そこに生きる人々ではないから。たぶん、槇の言葉の裏で想定されているのは、未来の日本に生きる人々に降りかかるなにかしらの不幸なのだと思う。

 

 

⑤「何でこんなに増えてるのか、わからへんねん」(安藤忠雄、2015年7月)
 「国際コンペをやると約束し、監修権等をザハさんに与えると決まったのが2012年11月、我々が政権につく前のことだ。事実として述べると、民主党政権時代に、ザハ案でいくとということが決まり、オリンピックを誘致することが決まった」(安倍晋三、2015年7月)

 すべてを物語る言葉を最後に。安藤のコメントは非公式のもののようだからしょうがないにしても(審査自体に瑕疵はないとして、問題はその後に沈黙したことだ)、安倍晋三のは最悪である。

 この発言、もしオリンピックまで完成しなくても責任とりません宣言ではあるまいか。信じられない。ここまで腐った心根とは。分かりきっていたけども。つくづく裏切らないやつだ。腹を下さないように一生懸命。全力投球するのそこかよ。

 個人的な意見を言えば、スタジアムなんて完成しなくたっていい。むしろ、そのことを望んでるくらいだ。途中で方向転換してよりいいものをつくったほうがいいではないか。議論をいくら重ねたっていい。誰も死ぬわけでない(誰かのクビは飛ぶかもしれんが)。

 問題の根の部分は、安保法制とも似ていると思う(ただ、安保法制は後戻りできないという意味で性質がまったく違う)。安倍はそういう根の部分をうやむやにしたまま押し通そうとする。全部そうしている。そんな姑息なやり方にだまされるか。